お久しぶりです。佐久間です。
今日は、ステファン・W・ポージェス著『ポリヴェーガル理論入門』という
べらぼーに面白い本に出会ってしまったのでご紹介します。
僕が普段から考えていたことを生物学的、神経学的な部分からお話されていて、
それそれ!なるほど!とひたすら頷きながら本を読んでました。
僕が考えていた健康の定義がアップデートされました。
この本に書かれていることは、今の世界に必要なことだと思います。
少し長くなってしまいましたが、読んでいただけると嬉しいです。
それでは始めます!
ポリヴェーガルって?
まずはこの単語の意味です。
ポリは「複数の」という意味で、ヴェーガルは「迷走神経」という意味です。
迷走神経は副交感神経を司る代表的な脳神経です。
この本の最大のトピックは、副交感神経には働きが2種類あるということと、
副交感神経が正常に働くことで、「安全」を感じ、社会的交流ができるということです。
今まで副交感神経は、興奮を司る交感神経の反対として、抑制やリラックスに働くものと解釈していました。
しかし、僕らが普段理解するこの副交感神経は、単にリラックスの時に働く神経ではなく、
哺乳類が哺乳類たるための社会性を育むための神経であるということと、
太古の名残として生命を守るという2つの働きがあったのです。
だから「ポリヴェーガル」。
哺乳類は進化の過程で新しい神経系を作ってきたのです。
ではこの本で語られる自律神経についてお話します。
まず、交感神経と副交感神経があること、これは変わりません。
交感神経優位になると「闘争か逃走反応」が出ます。
これは天敵を目の前にした時に「戦うのか逃げるのか」どちらにしてもすぐに身体的反応を起こすための反応です。
アドレナリンを分泌し、血圧を高め、集中し、すぐに動ける状態を作ります。
副交感神経はそれとは対照的にリラックスした時に働くものというふうに捉えられていました。
しかしこの本では、副交感神経には2つ働きがあるとしています。
1つ目は爬虫類だった頃の名残であり、横隔膜より下に位置する臓器(胃腸など)を支配する無髄の副交感神経(古い副交感神経)。
2つ目は横隔膜より上にある臓器(心臓など)や顔周辺(口、耳など)を支配する有髄の副交感神経(新しい副交感神経)です。
僕は今までこの2つを1つの神経として理解していましたが違いました。それがこの本での新しい発見です。
古い副交感神経は反射的に、擬死やショック、シャットダウンなどを引き起こします。
死んだふりをした方が音を立てないために見逃される可能性があるかもしれない、
ショックを受けて気を失うのは、「自分は耐えられない」という身体の、臓器の適応です。
これは天敵に襲われた際に、「闘争か逃走」を超えた命を守る反射です。
作中では飛行機事故の例が挙げられていました。
飛行機の墜落事故から生き延びた人にどんな気持ちだったかインタビューをすると、「気を失っていて覚えてない」という答えがありました。
まさにこれが古い副交感神経による身体の反応です。
反対に、新しい方の副交感神経は、哺乳類が社会的交流を営むために発達させたものです。
社会的交流とは「安全」の上に成り立ちます。
例えば授乳、睡眠、食事などもそう、
また著者は「あそび」を例に、犬や人間の子供も、「あそび」の時はお互いに顔を見つめ、「これは闘いではないよ」という「合図」を送り合っていると言います。
それは表情や口、声、それを聞き取る耳などが新しい副交感神経によって支配されていることからもわかります。
表情が乏しい人、声にハリがない人というのはこの新しい副交感神経が働かずに、交感神経優位になっている、
または古い副交感神経が優位になっているかもしれません。
それによって社会的な交流がうまくできずに、孤立し精神的な病と診断されることにも繋がってしまいます。
古い副交感神経は横隔膜より下、胃腸などを支配します。
ショックを受けたり、恐怖を目の前にした時にお漏らしや脱糞してしまうのはこの神経が反応したからです。
現代においては、ストレスを感じると胃がキリキリしたり、便秘や下痢になったりということも含まれるかもしれません。
何かしらお腹周りに不調があるのは、今までは交感神経優位だからと考えていましたが、古い副交感神経が優位になってしまっているからとも考えられます。
どちらにせよ、「安全ではない」と判断した身体の適応です。
日常的なストレスは、「安全」とは程遠いです。
持続的なストレスによって「安全」は脅かされ、社会的交流がしづらくなり、余計に「安全」ではなくなっていきます。
僕は今までこれを交感神経優位な状態として、ストレスはよくない!と伝え続けてきました。
まさにその通りだったと確信に変わりました。
またさらにその先の反応があること、そして社会的な交流には表情や声、耳などの五感の重要性と
「安全」を感じるための社会的な交流を作る必要があると改めて感じました。
少し話は変わって、
表情筋を鍛える運動として「あいうべ体操」というものがあります。
顔を思いきり大きく使うことや声を出すことで表情筋などから脳幹部を刺激し、自律神経を整えることができます。
脳幹部について少し話すと、脳幹部は中脳、橋、延髄の3つに分けられます。
ざっくりいうと中脳は視覚(目の動き)、橋は表情筋や口周り、延髄は舌や内臓の知覚などに関わります。
そして、これらは自律神経と関わります。
中脳は交感神経を活性化し屈曲筋群を働かせます。
橋は伸展筋群を活性化します。
延髄は過剰な伸展を抑えます。
これらをポリヴェーガル理論と共に考えると、現代人はとにかく目を使いすぎです。
目を支配する神経系は中脳を基点とするため、目の緊張は交感神経の緊張に直結し、身体を丸め縮こませる屈曲筋群が活発になり、姿勢が悪く見えます。
その分、表情筋などを司る部分の活動が低下し、副交感神経は抑えられます。
これが過緊張です。
現代人によくある、反り腰や猫背はこの過緊張の典型的な姿勢のパターンです。
ポリヴェーガル理論的にいえば社会的な交流がしにくい状態であると考えます。
社会的な交流の例として一番良いのは、食事の場です。
人は交流を深める時に一緒にご飯を食べますよね。
話しながら、聴きながら、アイコンタクトしながら、笑いながら、
これらは新しい副交感神経を使った交流で、なおかつ伸展筋群を活性化する橋に由来する脳神経をふんだんに使います。
これらは「安全」でなければ行うことができません。
蛇や熊が近くにいる状況で楽しくご飯は食べられません。
「同じ釜の飯を食う」とは上手く言ったものです。
人(哺乳類)は「安全である」ということを感じるために、そして「安全である」からこそ社会的な交流ができます。
今私たちに必要なのは、「安全」と感じられる社会を作ること。
ストレスの二大要因は「孤立と拘束」だと著者は述べています。
オンライン飲みが流行りましたが、やっぱり面と向かって会うことの大事さがなんとなくわかりますよね。
オンラインだとしても、人と話すと何かスッキリしますよね。
拘束とは会社や他人の言いなりになることでしょうか。
日本の同調圧力の生き辛さを物語っていると思います。
僕はそう解釈してお届けします。
今後の世界では、物質主義から精神主義への移行が起きると言われています。
むしろもう始まっているとも。
今回の感染症でさらにそれが加速したと思われます。
精神主義となれば大切なのは、「誰かと繋がっている」という感覚です。
それが「安全」であり、社会的な「絆」です。
これが脅かされるから、私たちの体に不具合が出るのです。
いや、不具合とはいえ身体の反応は常に正しいです。
「何かおかしいよ」ということを身体は常に教えてくれています。
そこを無視せずに、身体の反応に正直に生きましょう。
休みたいなら休む、嫌いな人は嫌い、好きなものは好き、
自分の身体、身体の反応、自分の心を大事にしていきましょう。
長くなってしまいました。
普段の自分の思いをこれでもかと言語化してくれていたこの本はバイブルです。
また良い本があったらご紹介します。
最後まで読んでくださってたりがどうございました!
ではまた!
“「安全である」と感じることは生きていく上でなくてはならない” への 1 件のフィードバック